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友人(元)Tくんとの思い出

価値観の合わなくなった友人とは、無理をして関係を続けても良いことがない。
そういう話です。

学生時代は仲良しだったけど、大人になるにつれて「コイツなんかしっくりこないな…」とズレを感じることはありませんでしたか?

学生時代は同じ学校や部活であれだけ楽しく騒いでいたのにおかしいな、久々に会ったら全然考え方が合わない…そんなことが僕にもありました。

「でも昔馴染みだし!」
「きっと今回は楽しい時間を過ごせるさ!」

そう思ってダラダラと友達付き合いを続けていた僕が、果たしてどんな目にあったのか。
失敗例としてご覧ください。

Tくん

僕には20代半ばくらいまで、Tくんという友人がいた。

Tくんとは高校3年間をバスケ部のチームメイトとして過ごし、卒業してからも僕が地元に帰ったときはときどき遊んだりするような仲だった。

いわゆるお調子者タイプのTくんと、言い出しっぺタイプの僕はそれなりに相性が良かったのだろう。
今振り返ると、20歳そこそこの大学生だった頃まではそれなりに楽しかった思い出がある。

安いチェーンの居酒屋に飲みに行ったり、麻雀したり。
夏はノリで深夜に肝試しへ行き、冬はスノーボードに行ったりと、なんとも学生らしい遊びを飽きることなく楽しんでいた。

大学を卒業したTくんは地元の会社へと就職した。
僕も少し遅れて社会人になり、お互い忙しかったのか会う頻度は少しずつ減っていった。

それぞれが社会に出て3年が経った。

務めている会社で出世したり、スキルアップを狙って転職したり、家庭を持つ友人がちらほら出始めるようなその時期に、Tくんはひとつの決断をしたらしい。

「東京で芸能人になる!」ドン!

共通の友人であるDくんとサウナに入っているときに聞いた情報だ。
彼はとても面倒見のいい奴で、Tくんとも仲がいい奴だった。

25年モノの田舎者が東京で「芸能人」になるという、なんともふわっとした決意表明を一番最初に聞かされた被害者がDくんだった。

聞けばTくんは東京に住んでいる弟の家に居候するつもりらしい。
ローンを組んで買った新車はすでに売却して活動資金の一部にしたようだ。

東京でバイトをしながら「芸能人」を目指す。
本人曰く 歌手でもいいし芸人でもいいしモデルでも俳優でもいいらしい。

正直引いた。
そんなマインドならやめておけと思った。
ただ都会で暮らしたいだけなんじゃないかと。

Dくんも話を聞いた当初はいさめるように努めていたようだが、Tくんの意思は固かったらしい。

それから少しして、Tくん(25歳/169cm/フツメン)は「芸能人」になるために東京(弟の家)に旅立った。

THE FOOL

芸能人の卵!Tくんとの再会

Tくんが地元を飛び出して数か月が経った頃、Dくんから誘いがあった。

「Tが友達の結婚式で一旦地元帰ってくるから3人で飯でもどう?」

最近の近況を聞ければと思った僕は、参加と共に店の予約を買って出た。
選んだのは地元の居酒屋だ。

僕『今日19時にここ予約した→https://www.×××~…
食べ物はコースで、飲み放題がついて4,000円だよー』

チェーン店ほどではないが結構リーズナブルな店だった。
普段は飲み放題もコースも使わないけど、Tがそんなにお金に余裕があるとは思えなかったので気を遣ったプランをLINEで送信した。

T『4,000円か…高いな…

僕『まじか、所持金厳しいの?』

T『その店だと行けないかもしれない』

僕『いくらなら大丈夫そう?』

T『3,500円!

僕『…』

T『これがギリだな…』

スマホの向こうから謎の圧を感じた。
なにこれ心理戦はじまってる?

正直ただ値切りたいだけだろと思った。

じゃあお前が3,500円で満足できる店探せや!学生がうるさいチェーン店以外でな!と言いたい気持ちをグッとこらえる。

僕『あーならいいよ、3,500円だけ払えばいいから』

D『不足分はこっちで払うわ』

結果僕とDくんが若干だけ割り勘負けするかたちでTくんを誘うことに成功した。

なぜ交渉し、損を被らなければならないのかは甚だ不明だったが、500円ぽっちで面倒なやりとりを増やしたくなかったので寄付する気持ちで目を瞑った。

選んだ居酒屋は可もなく不可もなくといった感じで、3,500円もの大金を負担したT様にも納得いただけたようだった。

宴会はつつがなく進行した。
結婚生活がどうだとか、転職しようと思うとか、
バイト先の居酒屋で客に気に入られたとか、それぞれの話題に花を咲かせた。

気づけば飲み放題のラストオーダーが迫っていた。
もうコースの料理はすべて食べてしまっおり、
「ちょっと早いけどそろそろ出て次の店いこうか!」みたいな流れになっていた。

僕とDくんはジョッキにビールが半分。
Tくんはジョッキに今さっききたレモンサワーが9割残っている

店「飲み放題ラストオーダーのお時間です」

僕「大丈夫でーす(これ飲んだら出るか」

D「俺も大丈夫かな」

T「レモンサワーください」ドン!

店員さんが追加のレモンサワーを持ってきた。
Tくんの前には今きたばかりのレモンサワーと、まだジョッキに8割くらい残っているレモンサワーがあった。


T「まだ時間のこってるでしょ?」


確かにその通り。
だがフードはすでに食べつくした。
コースが終わりそろそろ席空けないといけない時間だから、追加で何か頼もうとは思わない。
なんならさっき、ぼちぼち次いこうかって話でてた。
というかお前のグラス交換見逃されてるの店員の厚意だと思うけどそこんとこ理解してる?

僕とDくんは残り少しだったビールを飲みほし、T様の1.8レモンサワー消費をただ待った。

次の店ではおいしいお酒が飲みたかったので、ちょっとおしゃれなバーへと向かった。

Tくんは1件目で時間ギリギリまで粘ってレモンサワーを飲んだせいか、酒がまわりテンションがやたら高かった。

クラシックが流れる良い感じのバーに響き渡るTくんの馬鹿笑い
店員にダル絡みを始めるTくん。
1杯700円のカクテルを高いとか言うな。思っとけ、声がでかい

申し訳なくなった僕とDくんは1杯目をすぐさま飲み干し、Tくんを連れて逃げるようにバーを出た。

傍らではTくんが立小便をしている。

なんか…ちがうな。
昔はなんでも楽しかったのに。
僕が変わってしまったのだろうか…

Tくんは東京に住む弟の家に転がり込んでからというもの、何のオーディションも受けずに居酒屋でアルバイトしてるらしい。

「そろそろ動かないとなー」といいつつも、都会は楽しいようで満喫しているようだ。

T「はやく芸能人になりてえ」ドン!

僕「…」

D「…」

その日はそのままお開きになって、翌日Tくんはまた東京へと帰っていった。

帰りはもちろん最安の夜行バス

友達を卒業する日

またしばらく経った年の瀬に、再び3人で飲もうという話が出た。
Tくんがまた帰ってくる

急な話だったので若干億劫ではあったが、Dくんとは飲みたかったし、Tくんのその後のありさまを面白半分に聞いておきたかったので今回も参加させてもらうことにした。

街にでたものの、年末でなかなか店がみつからない。
しばらく歩いていると、大きな通りから少しはずれた場所にお洒落なダイニングを見つけた。

店は目立たないところにあるせいか客も少なかった。
気の良さそうな夫婦が二人で切り盛りしているお店で、若干スポーツバーみたいな雰囲気を持つセンスのいい内装だった。料理もうまそうだ。

料理もお酒も割と良心的な価格だったがTくんはやはり渋い顔をしていた。
かわいそうに、吉野家以外は彼にとって高級店なんだろう。

しかしここまでどの店も空いていなかったので、今回はさすがに文句は言ってこない。やるじゃん。

3人での飲み食いが始まって30分くらい経った頃、僕はひとつの発見をした。

お酒をつくるマスターの後ろ、壁に小さな黒板がかけてあるのだが、そこに

「マキちゃん誕生日おめでとう!」と書いてある。

イラストを添えて華やかにしているから、たぶん奥さんが描いたのだろう。

マキちゃんって誰だろう?と思っていたまさにその時、お店の入口が開いて20代後半くらいの女性がひとりで入ってきた。

おそらく常連であろうその女性は、入店するなりカウンターに腰かけマスターたちと楽しそうに話している。

マスターが「おめでとう!」みたいなことを言い、女性は黒板のお祝いメッセージに喜んでいる様子が遠くからでもわかる。
僕らは彼女こそ本日誕生日を迎えた「マキちゃん」そのひとだと理解した。

楽し気なやりとりを遠目に見てほっこりしたあと、僕は2人に提案した。

僕「マキちゃんに1杯ごちそうしない?『あちらのお客様からです』って一回やってみたかったんだよね」

D「いいじゃん!あんまりそういう体験できないからね!飲めないお酒だとアレだし、好きな1杯頼んでもらって、こっちのテーブルに付けてもらおうよ」

T「……」

僕「Tもそれでいい?」

T「や、べつにやらなくてよくね?ナンパしたいの?」

D「違う違う。純粋に楽しそうじゃんってだけだよ」

僕「今後『あちらのお客様からです』をやったことあるよ!って言えるし」

T「俺はあんなブスに金払いたくねえ」ドン!

僕&D「…」

僕「そっか、なら俺とDの2人で金出してやるからね?いいよね?」

T「それなら勝手にやればいいよ」

正直断ってくるとは思わなかったから面食らったが、この際どうでもいい。
この件に関して彼は部外者となったのだから。

若干不機嫌になっているTくんを尻目に、僕とDくんは行動を開始した。

ホール担当であるマスターの奥様を呼び、軽くお料理を頼む。
ついでに白々しく聞いてみた。

僕「あのお客さん誕生日なんですか?」

奥「マキちゃん?そうなの!常連さんなのよ」

僕「そうなんですね!なら一杯ごちそうしてあげてください(キリッ」

D「こっちのテーブルにつけてくれて大丈夫なんで!(キリッ」

奥「え!ほんとに?!なんてイケメンたちなのかしら!あなた~大変!」スタスタスタ

奥様がカウンターへと戻っていく。

したり顔で顔を合わせる僕とDくん。
あとは「あちらのお客様からです」が聞ければそれでいい。

2分くらい経った頃、奥様とマスターが動き出した。

奥「マキちゃん!あちらのイケメンたちが誕生日をお祝いしてくれるって!」

マ「え!本当ですか、ありがとうございます!」

僕&D「おめでとうございます!

決まった…!
お好きなカクテルを頼んでくれたまえ。
そんなことを思っていた僕らに予想外な出来事が起きた。

シャンパンボトルとグラスを持ち、満面の笑みをたたえたマスターが登場したのだ。

主「すばらしい!こんな素敵なことは無いよ!これは店からのプレゼントだ。みんなで飲もう!」ポンッ

マスターはマキちゃんと僕ら3人にシャンパンを注いでまわった。
マスターと奥様も一緒に飲んでくれるらしい。

主「マキちゃんの誕生日と素敵なイケメンたちに、かんぱーい!


グラスを高く掲げながら、なんていい日だと思った。

こんな素敵な店に来れてよかった。

たまたま居合わせた誕生日のマキちゃん、おめでとう。

想像とはちがう「あちらのお客様からです」だったけど、これはこれで愉悦だろう。

離れた席のマキちゃんと目くばせをしながら、そんなことを考えていた。
乾杯の発生をするために息を吸う。

瞬間、湧き上がってきたのはTくんに対する侮蔑の感情だった。

ほーれみたことか!やってよかっただろ?
マキちゃんの喜びよう見てみなよ!
多分一生忘れないよ?ささやかな思い出だけど、マキちゃんはきっといろんな人に自慢する。
「あちらのお客様です」貰ったことあるって!
奥様とマスターの心意気見たか?
飲食店しばらくやってるけど、こんなお客さん初めてだって!
みんな幸せじゃん!
そんなチャンスに、たった数百円ケチって、しかも「ブス」とまで言い放って拒否してさ!
それでもマスターはTくん、君にもシャンパンくれたよ?
きっと「素敵なイケメンたち」には君も含まれちゃってる。
別にいいさ、人にはそれぞれの価値観があるんだから。
今回は僕とDくんが一致したってだけだけ。
Tくん、改めてほしいなんて上から目線なことは思わないけどさ、せめてこのキラキラした空間にいることを少しは恥じてくれよな。
いまちょっとだけ肩身の狭い思いをしてくれていたら幸いよ。
学んだろ?またこういう機会があったら一緒にやろうぜ。


僕はこんなことを思いながら、乾杯の発生をはじめる。

僕「かんp…

T「乾ッ杯ーッエーイ
T「マキちゃんさんおめでとうございまァース!!ッテイーッス↑↑ウィッス!」

そこからのことはよく覚えていない。

ただひとつ確かなことは、この日僕の「友達」が一人減って「知人」が一人増えたということ。

長い付き合いの中でずっと同じ価値観やモノの見方ができると思っていた。

それ自体が間違いだったと知った。

Tくんだけではない。
このころ仲良しだった別の同級生グループも、男女間のあれこれが原因で霧散したりもした。

30歳を過ぎたいま思う。
25歳前後っていうのは、ちょうどそういう時期だったのかもしれない。

大人になり生活や立場が変わっていっても、自然に価値観を認め合っていける友達。

そんな関係はとても貴重で、幸運なことだ。

古くからの友人でも、無理して付き合ってはいけないんだ。
結局自分を苦しめるだけになってしまう。

今も価値観の合う友人を大切にしよう。

と、つい先日Dくんと焼肉を食いながら思った。

ー 後日譚 ー

結局Tくんはロクに芸能活動なんてしないまま、実の弟の家を追い出された。

それからしばらくはネットカフェに寝泊まりしながらバイトを続けていたらしい。

夢やぶれ手ぶらで地元に帰ってきたTくんは、Dくんの口利きで仕事を紹介されるも…
これ以上はやめておこう。本が出せてしまう。

数年後「お金貸して」って連絡が来ないことを祈るばかり
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