Low Guy【低い奴】。
勝手につくった造語
意識が低く、まわりへナチュラルに迷惑をかけているような人。
今回は僕が街で見かけた いきいきLow Guy をご報告します。
内輪差チェッカー
おそらく現役のときはバリバリ働いていたんだろう。
年齢を重ね身体は思うように動かなくても、常に「前進しよう」「はやくこの先へ」といった気概がその曲がった腰からあふれ出ている。
彼らは徒歩で交差点に現れる。
歩行者用信号が点滅し赤になり、次の青信号を待つ者たちの隙間をぬって。
向かう先は信号待ち集団の最前列?
いいや、それじゃあ足りない。
鈍足のくせに最前まで出しゃばる。それだけの奴とはちがう。
もう1歩…いやシニアカー3台分前へ―――。
歩道を飛び出し、そこは普通に車道。
交差点の角、よくバイクが巻き込み事故をくらう場所まで前進する。これが年季の入った熟練のポジショニング。
そんな、早すぎる…さっき赤になったばかりなのに……。
「ワシに信号がついてこれんだけじゃ―――。」とでも言いたそうにゆったりと立つその顔はどこか誇らしげだ。
目の前スレスレを、左折してきた車が通り過ぎていくが臆さない。
心底迷惑そうな顔をしていたドライバーを見送りながら、僕は理解した。。
そうだ、このおじいさんはこのポジションに立つことで歩行者とドライバーの両者に警鐘を鳴らしているんだ……。
歩行者へは「みんな、前に出過ぎると危ないよ。死にたくはないだろう?」という注意を。
ドライバーへは「内輪差と死角に気をつけなよ。スピード出し過ぎないようにな」という教えを込めて。
交差点の角、歩道を飛び出して青信号を待つ人生の先輩。
彼は老眼で信号の色がわからなくなったのではない。
距離感がバグってもいない。
下の世代を導くその姿勢に感謝を。
やがて信号が青へと変わり、僕はトロトロ歩く彼を抜き去って駅へと歩を進めた。

階段スモーカー
日本でも禁煙化が進み、いまではどこもかしこもタバコを吸えない場所ばかり。
最後の砦であった喫煙室も2020年4月に全面施行された健康増進法によってなくなってしまった。
そう、僕は肩身の狭い愛煙家。
「昔はタクシーでタバコ吸ってたなぁ」なんて思いながら、ビルの屋上や生き残ったドトールの喫煙室でひっそりと喫煙をしている。
明日こそタバコを辞めるぞ!とこれがもう何度目かという意気込みをもって歩く職場からの帰り道、彼はいつもそこにいる。
スーパーや飲食店が入っている駅ビルへの入口、たった4段しかない階段の3段目隅。
そこが彼の特等席だ。
家を持たないミニマリストのような服を着ているが、目は死んでいない。
商店街にある「なんで潰れないんだろう?」って店で売っているようなリュックを背負っていて、手には折りたたまれた新聞。調子がいい時はストロングゼロと焼き鳥を持っている。
階段の端っこにいつもいて、僕の帰宅時間が変わってもそれは変わらない。
「なんでここでタバコを吸っているんだろう?」
「帰らないのかな?」
近隣の事業所から人が集まる駅。
それも帰宅ラッシュが始まろうとしているこの時間帯に、みんなが必ず通る入口の階段でタバコを吸っている彼。
ふと、彼の立っている場所が気になった。
そこは前述のとおり駅へと続く4段の階段の3段目。
駅へ入ろうとする人はまずその階段を上り、続いてすぐ左側にある長い階段を上っていく。
駅から出ようとする人はその逆だ。
4段階段と長い階段が直角コーナーのように続くため、内側ギリギリを歩くと人とぶつかりそうになる。
ちょうど邪魔になる曲がり角に彼が陣取る理由……。
おそらく彼は帰宅ラッシュの時間に曲がり角で人々がぶつからないように、あらかじめその場所に立っているのでは……?
タバコを常に吸っているのは、曲がる前から臭いと煙で知らせるため……。
リュックと新聞は万一ぶつかってしまったときの緩衝材……。
脱帽した。
自分の時間を削ってまで地元の若手を守るそのすがたに。
歳を重ねて脳みそがバグったわけでもない。
アル中でもホームレスでもない。
たぶんあえて日雇い労働者のような恰好をして、一見迷惑に見える行動をしているんだろう。
きっとバレたら恥ずかしいから。
クールな働きに僕は気づかないふりをして、改札を目指した。

ガーディアン
「今日は年齢を重ねた人生の先輩によくお会いするなぁ。」
そんなことを考えながら帰りの電車を待っていた。
ホームには既に列ができている。
ドアの位置に合わせて2列、僕は列の先頭から2番目だ。
電車が停車位置ピッタリで止まることや、しっかり並んで待つところは日本のすごいところ。
日本に来た外国人がテレビで言っていた。
まったくもって同意する。
公共交通機関は皆でマナーを守って快適に使いたいものだ。
電車が到着した。
ドアが開き、まずは乗客が降りてくる。
到着時にはパンパンだった車内だったが、次第に座席だけが埋まっているくらいの状態になっていった。
僕の前に並んでいるのは60代くらいの男性。
まだ降りる人がいる中でやや強引に車内へ入りはじめる。
きっとこの後なにか用事があって気が急いているんだろう。
それとも空いている座席でも見つけたか?
そんなことを考えながら2番目に並ぶ僕も車内に足を踏み入れようとした、その時だった。
僕の前に並んでいた彼が、誰よりも早く中に入っていったはずの彼が、まだ乗車していない僕の前に立ちふさがった。
入口のすぐ脇、座席と板1枚のその場所に横向きで立っている。
背中にはリュック。手には傘を持って。
その姿はさながら重装備のガーディアン。
入口の幅約4割を一人でせき止めている。
彼がいなければ列はそのまま2列で入っていけるのに。
僕から後ろは彼を避けて1列になりながらじわじわ入っていかなければならない。
そうこうしているうちに、ガーディアンの向かい側にもう一人が陣取った。
入口の横幅は本来の2割程度しか残っていない。
転生者……
そうだ、きっと異世界転生者だ!
日本に来た外国人でもわかるこの程度のマナーがわからないということ、入口を守っているムーブ。
これが異世界出身者の証なのではなかろうか。
『50年間一度も城への侵入を許さなかったSSSランクガーディアンの俺が、異世界転生でサラリーマン無双を始めるつもりだったのに手違いで60歳のまま東京に召喚された件について。』
みたいなことだろう。知らんけど。

ディスタンス・ゼロ
転生したガーディアンの警備をすりぬけた僕は、無事に自宅付近の駅までたどり着いた。
買い物してから帰ろうと、よく行くスーパーへと立ち寄ることにした。
適当に食料などをカゴに入れ、レジに並んだ。
新型コロナウイルスが発生してからはや2年ほど。
ソーシャルディスタンスが浸透し、スーパーでも感染対策としてビニールシートや買い物カゴの消毒が行われるようになった。
僕の足元にあるシールも感染対策のひとつだ。
レジに向かって足型のシールが一定の間隔で貼ってある。
誰でも知っているだろう「間隔をあけて並びましょう」という意味で、今ではどの店で会計をするときもそれに沿って並ぶのが当たり前になっている。
足型の上でしばらく待っていると、僕の会計の番になった。
1mほど離れたレジへと歩を進め、持っていた買い物カゴをレジに置く。
と同時に腰付近に ゴン。と何かがぶつかった。
振り返ると、65歳くらいの女性が押す買い物カートの先端が僕に刺さっていた。
かと思いきや次の瞬間、女性は買い物かごを手に持ち、未だ処理中の僕の買い物カゴの隣に置いた。
グッ 女性の買い物カートはなおも僕の腰を押し続ける。
本来この女性が立つべき位置は遥か手前だ。
カートを介しているとはいえ近すぎる。
カートに轢かれながら会計を終わらせ、店を出る。
帰り際、スーパーの入口にシルバーカーが置かれていたので蹴っ飛ばそうか迷ったが、買ったばかりの靴を汚すのも憚られたのでそのまま帰宅した。

ガラパゴス上司
きょうは本当に良い日だ。
なんというか試されている実感があった。
他人から負の感情を与えられてりゃ世話ない。
ありもしない妄想設定を楽しめるくらいの余裕を持つくらいが良い。
そんなことを考えながら部屋着に着替えている途中、社用ケータイ(ガラケー)が光っていることに気づいた。
どうやらショートメッセージが届いていたようだ。
上司(50代):まだ会社ですか?取引先に地図をFAXして欲しいです。XX-XXXX-XXXX○○さん宛

おわり