この記事を読んで得られるものは特にありません。
これまで僕が遭遇した素敵なお年寄りを淡々と紹介するだけです。
個人的な咀嚼と浄化的な意味合いが強いですが、少しでも面白く書けるように挑んでみますので暇つぶしにどうぞ。
地獄の休日倶楽部
僕は「老害」という言葉を安易に使わないようにしている。
老人をひとくくりにした侮蔑のようにも感じるし、攻撃性の高い言葉を発するとき、自分の心の余裕が失われてしまうと思うからだ。
例えば、やばそうな人を見かけたときは「役作りに熱心な俳優さん」と思っておいた方がなんか余裕があって良い気がする。わからんけどそんな感じ。
つまりはそういう風に冗談めいて揶揄したほうがストレスにならないのだ。
本記事の表題が指す「いきいきシルバー」が実際はどういう意味なのかはさておき、話の本筋に戻ろうと思う。
あれは僕が24歳くらいの頃、新幹線の車内で起きた出来事だった。
有給という概念の無い会社に勤めていた僕は、待ちに待ったカレンダー通りの3連休に東京旅行に向かっていた。
目的は旧友と久々に会うため。
5年ぶりの再会を前にワクワクしながら新幹線に乗り込んだことを覚えている。
当時はそれほどお金もなく、節約して夜行バスで行こうかとも考えたものだけれど、折角の旅行ということで新幹線を選んでいた。
久々の新幹線。
隣の席も空いていたので昼間からビールとお菓子を買ってのんびりと過ごしている僕。
僕が乗ってから2駅ほど進んだところ、なにやら楽しそうに話を弾ませながら4人のマダムたちが乗車してきた。
年齢は皆60代後半だろうか?リュックを背負ってハイキングにでも行くかのような服を着ている。
僕からすこし離れた前方、右側の3列シートを手慣れた様子で回転させ、向かい合う形で4人は席に着いた。
やがてマダムたちはガサゴゾと荷物の中から何かを取り出し「これがおいしい」とか「ひとつあげる」とかいう会話を始めた。
お茶会でも始めたのだろう。
きっと黒砂糖飴とふがしのシェアリングをしているに違いない。
マダムボックスのお茶会は良い感じに賑わっているものの、うるさいと思うほどではない。
3連休に仲間と旅行をしている楽しそうな雰囲気は、とくべつ不快なものではなかった。
きっと『大人の休日倶楽部』みたいなものを使ってハイキングにでもいくのだろう。
うるさい旦那のもとを離れ、残された人生を楽しもうとしているのだ。
多少うるさくなったとしても多めにみてやろうと、愚かにもそう思っていた僕はまだ暖かい目で彼女らを眺めていた。
新幹線が走り出して数十分後、さっき飲んだビールが効いてきたのか休日の早起きが堪えたのか、僕はいつの間にか眠ってしまったようだった。
席も倒さずにいたものだから、ぐっすりとは眠れずまどろんでいるに近い状態だ。

―――何か、聞こえる。
それは前方右側から聞こえて…聴こえてきた。
「…~♪~~~♪♪」
なんだ…?歌声…讃美歌?
完全に覚醒した僕は前方右の例のボックス席を見やった。
「ホォ~~♪ォオ↑↑♪~」
そこに座っているマダムのうち1人が気持ちよさそうに歌っている。
ボリュームを抑えようとはしていない。
ストリートミュージシャンのそれとほとんど変わりないくらいの声量で、讃美歌のようなものを歌っていた。
それが心地の良い美声だったのなら、僕は覚醒することなく終点の東京駅まで眠っていられたことだろう。
しかし現実はそうではない。
素人でも何となくわかる、まあまあ聴いていられない程度のしおれた歌声だった。
そもそも新幹線の車内で賛美歌が聴こえてくる状況がおかしい。
あきらかにうるさいレベルではあったのだが、ひとまずそれを咎める乗客は現れなかった。
それが賛美歌だからか、マダムだからかはわからない。
「まあそのうち終わるだろ」とタカをくくっていた僕らをあざ笑うかのように、2つ目の歌声があらわれる。
「ハァ~~♪ホォ~「「ォオ↑↑♪~」」
ババアBだ…ババアAにあわせてババアBが歌いだしたッ…!
老朽化した排水溝から逆流する汚水のような歌声が不快なハーモニーを奏でている。
恥も外聞も若かりし頃に捨ててきたのか、老人ホームのレクリエーションかと思っているのか。
ババアABのハモらないハモりはしばらく続き、やがて終わりを迎えた。
本人たちをちらっと見ると、何やら満足そうな顔で周囲をチラチラと見ている。
拍手されるとでも思っているのだろうか?
フラッシュモブ的なとりくみですか?
TikTokの見過ぎだぞ。
まあなんにせよ良い。終わったのなら。
疲れた。
誰かわからん年寄りの歌声を突然聞かせられる身にもなってくれ。
僕がスタンド使いだったら老化を加速させて始末してたとこだぞ。
しかも何あの曲、全然知らん。
ババアABCD「「「「ハ~レルヤッ♪ハァ~~レッ♪ル-ヤッ♪~」」」」
ハレルヤじゃん。
知ってる曲ならいいってもんでもない。
なにこれ人間観察モニタリング??
僕以外仕掛け人?
注意する or テノールとして混じる みたいなこと?
その後も4人の歌声は途切れることなく、ついに僕らの新幹線は終点東京駅に到着した。
途中わざとらしく咳払いをしたり、あざ笑ってみたりした乗客はいたもののまったく無駄だったようで、4人はやり切った顔で新幹線を出ていった。
歳を重ねると他人からの目線を感じなくなるのだろうか?
こうして最悪な気分を抱えながら僕は東京に上陸した。
なんだったんだあの迷惑系マダム。
いや待て。
よくよく考えたら、僕が新幹線普通車なんかに乗っているからこんな目にあったのだ。
もっとお金があったらグランクラスに乗っていたし、さらに金持ちだったらプライベートジェットで移動していただろう。
あなたたちは悪くない。
もっと頑張ってせめてグリーン車に乗れるようになるよ。
それまで第2回コンサートが開かれないことを祈るばかりである。