僕はふだん会社員をしている。
ブルーカラー系の仕事で、それなりに社員数も多い会社だ。
総務部に所属している僕は、主に中途の求人採用関係の業務を行っている。
募集している職種は現場作業員だ。
作業員はわりとハードな肉体労働で残業も多い。
「ふつう」といってしまえばその道の方に失礼だが、ふつうはこんな仕事したがらないよなと思う。
だからやっぱり応募してくる人も、ちょっとアレな方が多い。
今回は中でも印象的だったお歴々を紹介しようと思う。
ネゴシエーター無職 Gさん(56) 危険度★☆☆☆☆
いつも通り応募の電話が鳴って、やりとりが始まった。
市内に住むGさんは民間の求人誌をみて応募してくれたらしい。
事務的な聞き取りが終わったあと、Gさんが僕にしたある質問をきっかけにGさんの態度が変わった。
G「あのぅ、車通勤は…できるんですか?」
僕「車通勤はできませんね」
G「は?求人にそんなこと書いてなかったけど?」
僕「車通勤については書いてないですね、できるともできないとも。」
G「車で通いたい」
僕「無理です」
G「あ~車で通えなきゃ応募やめよっかなぁ~」
僕「残念です(なんだコイツ)」
G「そもそも車通勤できないって書いてくれたら応募しなかったし!時間無駄にした」
僕「すみませんね、掲載できる内容にも限りがありますのでこうして後々のすり合わせが必要になります」
G「どうしてくれんだよ?」
僕「え?(え?)」
G「なんかあるだろ、なんか」
僕「はぁ…というと?」
G「俺だけ車通勤OKにするとかさ」
僕「できません」
G「どういうこと?じゃあ日雇いで働かせろ」←???
僕「ウチ日雇いやってないです。長期の募集なんで」
G「じゃあ3日でもいいよ」
僕「長期の募集なんで3日も無理です(なんの譲歩?)」
G「はあ?じゃあなに、どうするの?」
僕「どうするのって…(早く電話切ってくれないかな)」
G「どうしてくれんだよってぇえええ!!」
僕「条件が合わないようでしたら残念ですが縁がなかったということで」
G「はぁあぁぁあああ[クソでか溜息]……ガチャ…ツーツー」
求人誌に全部の情報を載せられていないのは正直すまんとは思った。
限られた予算で買った小さい枠では限界があるのだ。
webには全部書いてあるが。
車通勤についてだけでなく、給与の締め日支払日、受動喫煙防止について、育児休暇の取得実績など記載のない情報はまだある。
それを確かめるための問合せや面接だと思ってたけど違うのか?
「詳細はお問い合わせください」が見えんのか?
なんにせよこの位のレベルは日常であり可愛いもんである。
はじめの頃は動揺したもんだけど、いまとなっては「こんな人もいるんだなぁ~すげえや」としか思わなくなった。

Tくん(30)& 彼女(20) 危険度★★☆☆☆
ひさびさのアタリだと思った。
電話口でも明るくしゃべるし、なにより普通の履歴書が届いた。
ウチに届く履歴書は、大体が象形文字だったり汚れてたり破れている。
しっかり書かれた経歴を見てると、フリーター → ホスト → 現場仕事 というちょうどいい感じだった。
ホスト時代の嫌な仲間と離れたくて、若干20歳の彼女(元客)とともに地元をでてきたようだった。
採用となったTくんは早速ウチの寮に入ることになった。
約5帖の1Rマンションに彼女と2人。
「がんばってカネ貯めて、広い物件に引っ越します!」
と意気込んでいた。
寮の引き渡しが終わったあと、Tくんと彼女を車に乗せて街を簡単に案内した。
僕「これが最寄り駅、こっちがドラッグストア、むこうに行くとファミレスがあるよ」
T「ニトリってありますか?布団がないので買いたいんですよね」
僕「ちょうど近くにあるよ!あとで行く?」
T「いいんですか!お願いします」
僕「仕事終わったら車だすよ。あとで連絡する」
T「ありがとうございます!」
終業後に僕はT君と彼女を近所のニトリに連れて行った。
プライベートの車・時間を使ってのことだったが、同年代の入社が決まって少しでも力になりたいと思っていたので苦ではなかった。
無事にニトリに到着し駐車場に車を停める。
結構遅い時間だったのに込み合っていた記憶がある。
2人の邪魔をしたくなかったし面倒だったので、僕は彼らの買い物が終わるまで車で待っていることにした。
待つこと30分、暇を持て余しスマホでYouTubeを見ていたときだった。
「「「コンコン」」」
助手席の窓をたたく音だ。
窓をノックしているのはTくんではない、若干20歳の彼女であった。
続けざまに彼女は車の前方向に向かって手を払う動き、いわゆる「しっしっ!」みたいにしてみせた。
堂々としたその動きが何を意味するか、それ自体はすぐに理解できた。
「車を前に出せ」のジェスチャーである。
目線の先にはカラーボックスを両手に抱えるTくん。
「Tくんが荷物を入れやすい場所まで進め」ということなのだろう。
てか布団はどうした。
僕は初対面の、同僚でも友達でもない、ひと回り年下の小娘が出す無言の指示に従って、車を前に出しトランクを開けてさしあげた。
……違和感で言葉が出ない。
決して怒っているわけではないが腑に落ちない感覚が強烈にあった。
一応あなたの彼氏がこれからお世話になる会社の先輩ですけど?
10歳下ですよね?
今日初対面だよね?
おれたち友達じゃないよね?
心が狭いと思われるかもしれないが、僕の感覚だとありえないことだった。
想像してほしい、自分が彼女の立場だったらどうするか。
ドアを開けて申し訳なさそうに「スミマセン、少し車を前に出してもらってもいいですか?」くらい言うでしょう。誰だって。
コンコンシッシッじゃねえ。絶対に。
話は飛んでそれから1か月後、Tくんは会社を辞めた。
最後には無断欠勤を繰り返すようになっていた。
単純に肉体労働がきつかったらしい。
毎日疲れて帰ってくるTくんを見た彼女が、ウチをブラック企業認定してTくんに辞めるよう迫ったようだ。
まあ合わなかったのなら仕方ない。
結局ウチの寮にいられなくなった彼らは、Tくんの友人(男)の家に彼女ともども転がり込むらしい。
「次は警備の仕事をするんです」と言い去っていくTくんを笑顔で見送った後、僕は着信拒否とLINEブロックを済ませた。

質問力限界突破 Kさん(36) 危険度★★★☆☆
この方に大したストーリー性はない。
しかし悪質度で言えば上位であることは確かだ。
あるとき応募してきたKさん。
地方在住であったため、まずは会社の見学に来ることになっていた。
職場の雰囲気や仕事の様子を見てもらい、問題がなさそうなら入社いただく。
新幹線のチケットや宿代はウチ持ちだ。
見学の日程を翌週に控えたころ、Kさんから質問の電話がきた。
「ぼくが泊まるホテルから駅まで遠いですか?」
「ご飯はどこで食べればいいですか?」
「事務所は綺麗ですか?」
「こわい上司はいますか?」
ごく一部だがこんな内容だった。
36歳のKさんは声がすごく小さい。
そのくせ電話してくるときはいつも雑踏まみれの場所にいて、こっちの声が聞こえていないことも多々あった。
くだらない質問と通話環境にイラつきながらも、僕はさながら幼稚園児に語り聞かせるように対応してみせた。
正午に始まった電話インタビューはおよそ45分続き、気づけば僕の昼休みは残り僅かになっていた。
謎の質問だったけど、これで不安を解消できたならいいでしょう。
そう思えているうちは良かった。
翌日は11:45に電話が鳴った。
その翌日は12:10頃。
いずれの電話も1時間弱、またくだらない内容だった。
日をまたいで何回も同じ質問を繰り返された。
day1「怖い上司はいますか?」
day2「気性の荒い上司はいますか?」
day3「大きい声を出す上司はいますか?」
そんなの知らん。
怖いの定義は?気性が荒いってどこから?大声って何デシベル以上のこと?
まあそんなことは言えないので
「僕の主観ですがみなさん気のいい方ばかりですよ。現場仕事なので普通のスーツ着て働く会社とは雰囲気は違いますけど」という感じで返していた。
頭小突きながら「ノックしてもしもお~~し?アンタが昨日僕にしてくれた質問おぼえてるゥ~~?何回も同じこと聞くんじゃあねえよこのスカタン!!」って言えたら楽なんだけれど、クビになりたくないので我慢した。
ていうかなにこれ拷問?録音してる?YouTube撮ってる?
こちとらお昼休みに昼寝20分が必須なんじゃ。
病的なまでの心配性から繰り出される小声の質問ラッシュは、連日僕の心の強さを試しているようだった。
その後Kさんはなんとか会社見学に来たものの、結局入社することはなかった。というか断った。
Kさん元気ですか?
あなたに合った職場が、治験以外に見つかっているといいですね。

→↓↘+P 自動入力 Sさん(40歳) 危険度★★★★★
いまだに伝説級で禁忌的な存在として語り継がれるのがSさんだ。
先に断っておくがこのSさんだけは僕が入社する前の応募者で、実際に見たわけではない。
この人は冗談抜きで危ない。
入社するまでのSさんは所謂「冴えないおじさん」くらいの印象だったらしい。
おとなしそうで無害そうで、あまり期待はされていなかったようだ。
しかしいざ初出勤のその日、Sさんは現場で豹変した。
「しょぉおーりゅぅうーけぇん!!ポウッ!(謎の奇声」
全作業員が手を止め、声のする方を凝視した。
突如虚空に向かって昇竜拳をしたらしい。
何を言っているのかわからないと思うが安心してほしい。
僕も何を書いているのかはわからない。が、まぎれもなく事実として語り継がれている出来事だ。
技を出し終わったSさんは背中を丸めて何事もなかったかのように歩き出す。こわい。
周りの作業員は何が起きたのか、それがギャグだったのか挨拶だったのか必殺技だったのかも判断できずにいた。
誰ひとり笑うことすらもできなかったようだ。
Sさんのムーブはそれだけに留まらなかった。
猫背の背中が揺れている。
聞こえる……Sさんが何か喋っている…?
「ドゥン!ドゥン!ドゥクドゥク、チーチキトゥルルル」
ヒューマンビートボックスだ…!ハローキ〇ガイ!
クソみたいな(先輩談)ビートを刻むSさん。
「ドゥクチー!ドゥン!ドゥクチーカァ!チーチキワオ!トゥルルルアーイッ」
そしてまた「しょーうりゅーうけん!ポオウッ!」
着地したその足で地面を蹴って前進する。
「しょーうりゅーうけん!ポワオッッ!!」
今度は歩き昇竜拳だ!
いずれの攻撃も空を切ったのだが、同僚にあたっていたら転んだり事故につながる可能性もあっただろう。
Sさんはその場で現場の責任者に取り押さえられ、無事にKO…もとい解雇となった。
この時のSさんは別にふざけていたわけではないらしい。
当時の様子をみていた上司たちは口をそろえて「アイツは絶対ヤバい薬やってた」と言う。
出勤初日に緊張して何かをキメてきたのか。
それとも「俺より強い奴に会いに来た」なのか。
僕がそれを知る機会は今後ない、ことを祈りたい。
